「布施」とは、思いやりの心をもって、人にお金や物を与えたり、教えを説いたりすることです。
また、お金や物がなくてもできる、「無財の七施」という布施もあります。
たとえば、優しい眼差しを注ぐこと、和やかな言葉を使うことや、困っている人がいたら助けること、人の嫌がる仕事を引き受けることなども、布施の一つです。
お釈迦様は、そうした布施を行う時に大切なのは、「とらわれないこと」であると仰せです。
自分が誰かを助けた時に、感謝されたり、認められたりすることは、気持ちがよいものです。 しかし、そうした見返りを求める心があれば、それは「見返りにとらわれている」ということです。
また、電車やバスで、お年寄りの方が立っていたとしたら、皆さんはどうしますか。「別に自分がやらなくても」とか、「周りの目があって恥ずかしい」などと考え、行動に移せない時もあるのではないでしょうか。
それもまた、「自分の計らいにとらわれている」ということです。
何の見返りも求めず、計らいも入れることなく、布施をすることは難しいものです。
では、どうすれば、とらわれることなく、布施を行うことができるのでしょうか。
仏性に素直になる
お話に出てくる男は、比丘たちの衣が汚れたと見たら、その度に整地や掃除をして、周りをきれいにしていました。そして、比丘たちが汗をかけば、日陰を作り、雨が降れば、ぬれないように建物を建てるほどになりました。
このように、気づいた時に、すぐに善を行う習慣がつくと、いつのまにか、建物を建てるほどの善が行えるのです。
お釈迦様は、その時々に、少しずつ、善を行うと、次第に、心の汚れが取り除かれると説かれました。
私たちもまた、今の自分にできること、身近にある善を少しずつ行うことが大切です。
皆さんは、学校の教室や廊下にゴミが落ちていたら、すぐに拾うでしょうか。それとも、掃除時間に当番が拾うからと、見て見ぬふりをするでしょうか。
もし、すぐに行動できないなら、善を行う習慣がついていないということです。そのまま過ごしていれば、いつまでたっても、善を積むことができないでしょう。
気づいたらすぐに行動し、一歩一歩、前に進んでいく。その努力の積み重ねが、清らかな心を育んでいくのです。
文・夕凪 ねね
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