
皆さんは、セミの一生を知っていますか。セミは約7年間、地中で幼虫として生き、その後、地上へ出て成虫となり、1ヶ月ほどで命が尽きます。地中は真っ暗であり、右も左もわかりません。敵が近くにいるかどうかもわからず、不安になるでしょう。そのような地中に7年も居続け、いざ地上へ出て成虫になっても、一瞬で敵に食べられてしまうこともあります。
このように、畜生界とは、常に敵に襲われる恐怖と隣り合わせです。そのため、相手を疑う心が生まれてきます。さらに、セミの幼虫のように真っ暗な場所に生まれたり、植物のように苦しくても動けなかったりと、自分の思い通りにいかない世界でもあるのです。
私たちの心の世界
そして、畜生界は、人間の心の中にもあることを忘れてはなりません。
たとえば、スポーツをしていて負けた時、思わず「ちくしょう」と言うことがありますが、これも仏教の「畜生」からきています。
スポーツであれば、負けた理由は、練習不足や体調不良など、いろいろありますが、それを反省せず、いらだちを口にする時、その人は愚かな畜生の心になってしまっています。他にも、一見、自分のせいではない事故や病気になった時、「自分は何も悪くないのに」「なぜ自分だけがこんな目にあうのか」などと、その怒りを人にぶつけてしまったことはありませんか。
お釈迦様は、「今、自分がいる環境に身を置くことになったのは、全て自分が過去世に行ったことが原因である」と説かれています。その道理を知らなければ、自分にとって身に覚えのないことでの災難は、納得いかないものです。さらに、「自分さえよければ」という考えや、目先の利害にとらわれている心も、畜生界そのものです。そのような心で生活することは、「自分のものを誰かに奪われるかもしれない」という恐怖から離れられず、畜生界と同じ苦しみを味わうことになります。
このように、物事の道理をわきまえない愚かな心は、畜生界という苦しみの世界につながっています。苦しみのない世界、極楽浄土を目指すためには、お釈迦様の教えを素直に聞き、正しい智慧を磨き、清らかな心を保っていきましょう。
文・守水 えいか
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