お釈迦様は、人生の無常を感じられ、六年もの間、苦行をされましたが、その苦行をも捨てられ、悟りを得られました。しかし、お釈迦様が悟られたことは、あまりにも難しいものであったため、その教えを世の人々に説いたところできっと理解されないと考えられ、人々に教えを説かずに、このままにしておこうとされました。
しかし、お釈迦様は、梵天の願いを聞かれ、「世の人々は悟りを理解できない」という自らの考えを捨てられ、世の人々を救う道を進まれました。お釈迦様でさえ、長い年月をかけて、精進されてようやく得られた悟りです。それを人に理解してもらうということは、さらに大変なことです。人それぞれ、考え方も、価値観も違います。それでも、お釈迦様が、世の人々を救う決意をされたのは、慈悲の心があったからでした。
思いやりの心
自ら努力してようやく得ることができたものを誰かに教えようとしても、そう簡単には理解されないものです。そのような時、人は自分が苦労をするのを嫌って、面倒に感じたり、自分のことを優先して考えてしまうことがあります。
しかし、たとえば宿題が分からない友だちにしてみれば、助けを求めているのを断られたなら、突き放されているような気持ちになるでしょう。
これから先の人生の中で、自分が味わう苦労を損得勘定で考えてしまい、「自分さえよければ」という考えになってしまうことがあるかもしれません。しかし、このような心を皆が持ってしまうと、どんな世の中になってしまうでしょうか。そのような世界からは、決して幸せは生まれないでしょう。
逆に、皆が相手のため、周りの人々のためを思って行動することで、思いやりの心が広がります。この思いやりの心こそが慈悲の心、仏様の心そのものなのです。自分だけでなく、周りの人々も幸せに過ごしていける世の中をつくれるよう、一人一人が、周りの人々のことを思いやって行動していくことが大切です。
文・
瀬名 みさき
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