「中陰」とは、死後、49日の間、次の生まれ変わり先が決まっていない、魂のような状態をいいます。この間、死者はさまよい、身を受けるところを探し求めています。
しかし、いくら探しても、父母に徳があって自分に徳がない場合、父母に徳がなくて自分に徳がある場合、また、同じくらいの徳があっても、「相感じる業」がなかった場合は、母のおなかに入ることはできません。
これは、親の積んできた業と、子供の積んできた業が共鳴するという意味です。目には見えない「徳」や「業」、つまり、心が通じ合って初めて、魂は母のおなかに入るのです。
また、魂は、恐ろしい死者の世界から、安らかな場所を求めて、母のおなかに入ってくるといいます。私たちは幼い頃、悲しいことや辛いことがあった時には、母の温かな胸に飛びこみ、優しく頭をなでてもらい、なぐさめてもらったことでしょう。
魂であった頃も同じように、優しく温かい母を求めて、自ら、母のおなかに宿ったのです。まさに、子供は両親を選んで生まれてくるのです。
感謝の心を忘れずに
「親が勝手に産んだんだ」「自分は生まれたくて、生まれてきたわけじゃない」と言う人がいますが、それは大きな間違いです。
親の勝手で子供を産むことができるなら、子供を授かりたくても授からない親がいるはずがありません。いくら親が努力しても、子供の魂が親を選んでやってこないと、産むことはできません。子供の方から「生まれよう」と思って、やってこなければ、おなかに子供は宿らないのです。
また、「母のおなか」とは、人間だけではなく、おなかから子供を産む魚、昆虫、哺乳類などの動物も含まれます。
今、世界には77億を超える人間がいますが、こうした畜生の世界を合わせると、夜空の星の数よりも多くの生き物がいます。その中で、縁の深い、たった2人の両親のもとに、私たちは子供として宿りました。
それだけでも奇跡的な巡り合わせですが、さらに、子供がおなかに宿った瞬間から、母はたくさんの苦しい思いをして私たちを産み、その後も、父と共に様々な苦しみを乗り越え、私たちを育ててくれています。
このような様々な因縁と恩を知り、無事に産み育ててもらえたことに感謝を忘れないことが、「人としての道」であり、大切な生き方なのです。
文・清風 りょう
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