盗みとは「人のものを盗ること」であり、私たちが毎日犯してしまう悪の一つとされます。
たとえば、お店の商品を万引きしたり、他人のものを盗ったりすることは、社会でも罪になる犯罪ですが、物語のように、自分の鼻で花の香りをかぐことさえも盗みであり、人の話に聞き耳を立てる「盗み聞き」や、人をこそこそ見る「盗み見」なども、盗みの悪の一つに数えられます。
なぜ、人からものを取り上げるわけではないのに、悪いことになるのでしょうか。
私たち人間は、日々、「あれがしたい」「これがほしい」といって、欲望が尽きることはありません。その欲は、目で見たり、耳で聞いたり、味わったり、触れたりすることから生まれます。
たとえば、人がおいしそうな料理を食べていたら、どうでしょうか。その様子を見たり、香りをかいだりしたら、自分も食べたいという気持ちになるのではないでしょうか。
このように、本当に人のものを盗るわけではない「盗み」も、新たな欲望を生み出す原因となり、その結果、自分自身の心を汚してしまうため、悪いこととされるのです。
心を満たすこと
では、人のものを「ほしい」と思う心から離れ、様々な「盗み」を犯さないためには、どうしたらよいでしょうか。
想像してみて下さい。皆さんは、何かうれしいことがあった時にまで、人のものを「ほしい」と思うでしょうか。
自分の心が満たされている時は、人のことをねたんだり、人のものを盗ろうなどという気は起こらないものです。
ということは、日々、心を満たすことができれば、「盗み」の心からは自然と離れていきます。
しかし、いくらほしいものを手に入れたとしても、ほしいものは次々に増えるため、きりがなく、いつまでも満たされることはありません。私たちの心を本当に満たせるのは、喜びや感謝といった気持ちです。
仏様の教えを学ぶことで、「盗み」の悪から離れ、思いやりの心、感謝の心で自分を満たし、喜びにあふれた生活を送りましょう。
文・秋空 あゆむ
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