
仏教は、様々な目に見えない世界について説き明かしています。
その一つに、「私たちが母のおなかに宿るまでの世界」があります。私たちは、どのようにして、人間に生まれてきたのでしょうか。どこから来て、どこへ往くのでしょうか。
今回は、人間として生を受けるということについて学びましょう。
母のおなかに宿る
ある時、お釈迦様は、阿難尊者に、人の誕生について説かれました。
「人は、様々な因縁が揃わなければ、身を受けることができない。その一つは、中陰、即ち、子供の魂が現れ、生まれるところを求めていることである。もし、父母に福徳があって、中陰は卑しい時、逆に、中陰に福徳があって、父母が卑しい時、あるいは、共に福徳があっても、相感じる業がない時には、魂は母胎に宿ることができない。魂が母胎に宿る時には、突然の雨風に遭ったように思い、あるいは、大衆が勢いよく押し寄せてきたように思い、恐怖を感じた魂が、安らかな場所を求めて、母胎に入ってくるのである。
皆、過去の業によって、受けることのできた身である。自らの業と、父母との様々な縁の中で生じるのであって、それぞれ、自分の力だけで生じたわけではない。因縁の和合力の故に、身を受けたのである」
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