念佛宗 【念仏宗】無量壽寺|まなびの泉

念仏宗の総合案内 サイト更新日2017年10月1日

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 皆さんは、今日一日を振り返って、どんな善い行いをしましたか。
「困っている友だちを助けてあげた」「掃除当番をがんばった」「お母さんのお手伝いをした」など、様々な善い行いをしていることでしょう。しかし、その中で、困っている友だちを助けた時、(お礼ぐらい言ってほしいなぁ)、掃除当番をした時、(あーあ、また掃除か、疲れるなぁ)、お母さんのお手伝いをした時、(おこづかいもらえるかなぁ)などと思いませんでしたか。もしも、あなたが愚痴を言ったり、お礼の言葉やおこづかいなどの見返りを期待したら、それは純粋な善い行いではなくなってしまいます。
 今回は、清らかな心でする行いの尊さについて学びましょう。

貧者の一灯


 ある日、祇園精舎でお釈迦様の御説法がありました。この機会に、国王や大臣、長者は、お釈迦様にたくさんの灯明やいろいろな品々を布施しました。その様子を見ていた一人の貧しい女の人は、自分も布施したいと思い立ち、油屋に行き、自分の髪の毛を売って、油を買いたいと申し出ました。
「私は貧しく、お釈迦様にいろいろな品々を布施することはできませんが、せめて小さな灯明でも捧げたいと思い、油を買いに来ました」
 これを聞いた油屋はその心に感動し、油を倍にしてあげました。貧しい女の人は喜んで精舎に行き、
「こんな小さな灯明に、もしも功徳があるなら、来世には明るい智慧を持って生まれ、世の中の多くの人々の苦しみを取り除くことができますように」
とつぶやき、灯明を布施しました。その後、夜中を過ぎ、油がなくなったり、風が吹いたりして、他の全ての灯明はすぐに消えてしまいました。しかし、貧しい女の人が布施した小さな灯明だけは消えませんでした。お釈迦様の弟子の目連尊者が、三度消そうとしましたが、どうしても消えませんでした。お釈迦様は、
「かの女人の美しい心は、仏の心と同じである。故に、大海の水をもってしても、永久に消えることはない」と仰いました。

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