念佛宗 【念仏宗】無量壽寺|まなびの泉

念仏宗の総合案内 サイト更新日2017年10月1日

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身を捧げて尽くす
 ウサギは自分の身を捧げて、見ず知らずの人間を助けようとしました。
 他の動物や昆虫も、自分を犠牲にして他に尽くすことがあります。たとえば、チドリやヒバリなどの鳥は敵が近づくと、親がおとりになって敵を遠ざけ、ひなを守ります。そのため、親だけが敵に食べられることさえあります。また働きアリは、その名の通り、せっせと働いて、自分の一生を、自分の子でもないアリたちを大事に育てることに使うのです。
 そして、私たち人間もまた、命を懸けて誰かを守ることがあります。
 今年(平成25年)3月、北海道を寒波が襲い、ある親子の乗った車が大雪で動けなくなってしまいました。何とか屋内に避難しようとしましたが、途中で体力が尽きてしまい、父親は娘だけでも守ろうと、自分の上着を脱いで娘にかぶせ、雪が入ってこないように、かばうように覆いかぶさり、一夜を過ごしました。二人は翌朝になって発見され、娘は命を取り留めましたが、父親は娘を両手で抱きしめながら亡くなっていました。
 娘を守った父親の思い。天人に身を捧げたウサギの行動。私たちは、自分を犠牲にして誰かのことを思う、その純粋な心に、胸を打たれます。
 この純粋に他を思う心こそ、私たちが目指している仏様の心です。

見返りを求めない


 皆さんも、人の手助けをしたことがあると思います。その時に、「後でおこづかいがもらえる」「みんなからよく見られたい」など、自分への見返りを求めてはいなかったでしょうか。
 経典のウサギや動物たち、北海道の父親は、何の見返りも求めず、自分の命さえもなげうって尽くしました。
 仏教では、人に何かを施す時、「施される人」「施す物」、そして「施す人」全てが「清らか」でなければならない、と説かれています。
「清らか」とは、私欲や下心がなく、純粋なことであり、その心は青く透き通った瑠璃に喩えられます。この宝石は、清らかであると同時に、強固であり、美しい輝きを放っています。
「困っている人を助けずにはいられない」という純粋な思いは、自ずと清らかな行いにつながり、結果、私たちは人として強くなり、輝いてきます。その先にこそ、仏の世界があるのです。

文・水守 えいか

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