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 皆さんは今までに、どんなものを欲しいと思ったことがありますか。ゲームやおもちゃ、お小遣いが欲しい、おいしいものをたくさん食べたいなど、欲しいものは数えきれないほどあったのではないでしょうか。
 また、ものだけではなく、かわいくなりたい、人によく思われたいなど、様々な「欲しい」があったはずです。それだけなら、人間が生きていく上で避けられない「欲」なのですが、もし「欲しい」ものが手に入っても、また次のものが欲しくなったり、一つだけでは満足せず、「もっともっと欲しい」と思うことも少なくありません。
 このように、満足することなく、必要以上に欲しがる心を、仏教では「貪欲」といいます。

甘い果実

 ある時、お釈迦様は、哺多利という家主にお尋ねになりました。
「家主よ、たとえば村の近くに深い密林があり、そこにはたくさんの甘い果実をつけた木がある。その果実は一つも地面に落ちていないとしよう。さて、果実を探し求めて歩き回っている一人の男がやってきて、その密林に入り、その木を見て、考えたとしよう。『この木には甘い果実がたくさんなっており、私は木に登ることができる。この木に登り、欲しいだけ食べ、腰の袋をいっぱいにしよう』と。すると、そこへ第二の男がやってきて、その木を見つけ、考えたとしよう。『私は木に登ることができないので、この木を根元から切り倒して、果実を採ろう』と。家主よ、あなたはどのように考えるだろうか」
「世尊よ。もし最初に木に登った男がすぐに下りなければ、木が倒れて彼は押しつぶされ、死んでしまうか、または死ぬほどの苦痛を味わうでしょう」
 家主が答えると、お釈迦様は次のようにお説きになりました。
「家主よ、この果実のたとえのように、欲望は苦しみが多く、悩みが多く、あやまちが多い。このように、欲望のあるがままの姿を見て、あらゆる世間の快楽へのとらわれを断つべきなのである」

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